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作話コントロール 実測台帳 · hosted by TacticalPrompt · 第4話

有名な数字は合っていた。壊れたのは一文字だった|韓国の城で試した実測

水原華城の烽墩を題材に、第2巻・第2章と同じ統制実験を1回だけ回した。要約のみの条件Aは作話2件、台帳を渡した条件Bは0件。

動画は40秒の要約、実測台帳のページは検証できる全文、本は方法。三つは同じ一件の実験を指しています。

YouTube で見る · 46s

YouTube
https://www.youtube.com/shorts/-OsUrMqZhEU

Channel
作話コントロール (@sakuwacontrol)

動画の場面(風景・遺物・室内)はAI生成イメージで、実写・実物ではありません。

作話の件数

2

要約のみ

表記1・構造1。照合表は9項目すべて「推定」と自己表記

0

台帳あり

誤りなし。照合表は台帳の行番号を指した

確定事項(台帳)

#項目確定値出典
1華城 着工1794年1月文化体育観光部 こども向け公式サイト
2華城 竣工1796年9月
3城壁 全周5,744 m
4世界遺産 登録1997年12月
5烽墩 完成1796年(正祖20年)韓国学中央研究院 HeritageWiki
6烽墩 構造外壁・内部・階段まで全体が煉瓦
7火竼(煙突)5基・横一列
8平時の信号南端の1基のみ・夕方に煙
9戦時の信号5基すべて
10烽燧制の炬数1炬 平時/2炬 敵が国境外に出現/3炬 辺境に接近/4炬 国境侵犯/5炬 交戦韓国民族文化大百科事典
11東の中継龍仁 石城山 烽燧HeritageWiki
12西の中継海岸 興天台 烽燧 — 漢字は興天HeritageWiki + 平沢市民新聞(「興天山」表記)
13立地華城行宮から見える位置HeritageWiki
14台の下兵士の温突部屋・武器倉庫
15築城記録『華城城役儀軌』1801年刊文化体育観光部

実験条件

条件A · 要約のみ

数字を全部抜いた要約:「正祖が18世紀末に築城、世界遺産。烽墩は東側城壁の煉瓦造の烽火台で、複数の煙突を横一列に並べ、平時と非常時で煙の数を変えた。東西の烽燧と中継し、行宮から見える位置。記録は儀軌。」

…1794年1月に着工し、1796年9月に完成。全周約5,744m。1997年にはユネスコ世界遺産に登録…「石垣の上に」5基の煙突(火竼)を横一列に並べ、…東の龍仁・石城山烽燧と西の「興川台」烽燧を結ぶ中継点として…

条件B · 要約+台帳

同じ要約+上の台帳15行

共通の注文

約400字の紹介文+必須9項目(築城年月・全周・登録年・烽墩完成年・煙突数・平時/戦時の基数・1〜5炬の意味・東西の中継烽燧名・記録の書名と刊行年)+照合表(使用値・根拠・自己判定 一致/推定)。

結果

項目条件A条件B
築城年月1794.1〜1796.9○ 一致1794.1〜1796.9○ 一致
全周約5,744m○ 一致5,744m○ 一致
登録年1997○ 一致1997.12○ 一致
烽墩完成1796○ 一致1796(正祖20)○ 一致
煙突数5基○ 一致5基横一列○ 一致
平時/戦時1基/5基○ 一致

南端・夕方が欠落

南端1基 夕方/5基○ 一致
1〜5炬の意味一致○ 一致一致○ 一致
東西の中継烽燧石城山/興川台× 作話

興天 → 興川(一文字)

石城山/興天台○ 一致
記録の書名・刊行年儀軌 1801○ 一致華城城役儀軌 1801○ 一致
要求外の記述「石垣の上に」× 作話

実際は全体が煉瓦造

なし○ 一致

出典

  • 文化体育観光部 こども向け公式サイト — 水原華城
  • 韓国学中央研究院 HeritageWiki — 水原華城 烽墩
  • 韓国民族文化大百科事典 — 烽燧
  • 平沢市民新聞 — 「興天山」表記の確認

正直ガード

  • 生成器2つは監査セッションと分離したコンテキストですが、同系のモデルです。統制した変数は資料の有無のみです。
  • 試行は1回(n=1)。「再現された」とは著書の結論との整合を指し、統計的な主張ではありません。
  • 興天/興川の判定は平沢市民新聞の「興天山」表記に基づきます。『華城城役儀軌』原文との直接照合は未実施です。

第2巻・第2章

方法は本の第2章に →

このページは韓国語の正本をもとにした一次翻訳版で、校正中です。